雪国

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車がとまった。
 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くに叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん。」
 明かりをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。
 もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれていた。




文章がどうにも綺麗なので、出だしを書いてみる。案外面白い。

ストーリーはなんてことないのだけど、雪国の描写が秀逸すぎて自分が持っているはずのないノスタルジーを呼び起こす。あまりに『日本的』すぎて自分の周りでは感じられない風景。けれど、これが世界で共通認識として持たれている日本の姿なのかも。だとすれば彼がノーベル賞を取りこの本が世界で親しまれていることも腑に落ちる。


人物描写は極限まで削ぎ落としつつ、雪深い村の描写は熱心に行う。本を読んでいるというよりサイレントの映画を観ているようだった。ここがこの本の好みの別れどころな気がする。いろいろ省かれすぎて、状況や心の動きについていけない部分もあるので。


翻訳などで無く、原文のまま、生のニュアンスを感じることができる日本人でよかったなぁとしみじみした。

数年後また読もうと思う。